コラム
2002年12月27日のテレビ欄(出典:『テレパル』第1号・東版)

よゐこ濱口の「獲ったど~!」を生んだ“伝説“の系譜~2001年『いきなり!黄金伝説。芸能界 伝説襲撃スペシャル』より/懐かし番組表

懐かし
2002年12月27日のテレビ欄(出典:『テレパル』第1号・東版)

地上デジタル放送化に伴い、テレビ番組表というものから遠ざかってしまった人もきっと数多いだろう。WEBメディア『テレビPABLO』では、そんな大人のためにかつての番組表を紐解きながらタイムトリップをお届けしたい。ウン年前の今日、夢中になって観ていたテレビは何だったのか? テレビ情報誌『テレパル』(小学館刊)の番組表と共に、当時の世相を振り返ってみよう――今日は2001年12月27日にタイムスリップ。

今週は21世紀になって最初の年、2001年を振り返る。日本では第一次小泉内閣が発足した年。そして秋には忌まわしい“9.11”米同時多発テロ。テレビには信じられない映像が映し出された。12月に入ると7日には皇太子ご夫婦に待望の長女・愛子様が誕生、年末に来て明るいニュースに心和らいだ2001年。あなたはどんな年末を迎えていただろうか。

今から15年前の2001年12月27日の『テレパル』番組表からはテレビ朝日21時『いきなり!黄金伝説。芸能界 伝説襲撃スペシャル みんな体張らされました…』にフォーカスを当てる。今年9月に18年の歴史を閉じた人気番組の、初期に放送された2時間半特番だ。

2001年12月27日『いきなり!黄金伝説。芸能界 伝説襲撃スペシャル みんな体張らされました…』(テレビ朝日)/放送期間18年、挑戦者430人、挑んだ伝説460!! そして番組は“伝説”となった

  • 『テレパル』2002年第1号・東版の表紙
  • 『いきなり!黄金伝説〇芸能界 伝説襲撃スペシャル みんな体張らされました…』(テレビ朝日)/2002年12月27日のテレビ欄(出典:『テレパル』第1号・東版)

番組のルーツは1998年10月、ココリコ(遠藤章造、田中直樹)東京初の冠バラエティーとして始まった関東ローカルの深夜番組『ココリコ黄金伝説』。その半年後には23時台に昇格、ネット地域も増え、『ココリコA級伝説』とタイトルを変えた。さらに2000年4月から全国ネットのゴールデンタイムに昇格。ココリコのMCは継続したがタイトルからその名は消え『いきなり!黄金伝説。』に。

「ココリコの2人が苛酷なテーマにチャレンジして“伝説の男”になる」という内容で始まった当初は、ほぼ田中が伝説に挑戦する役割だった。記念すべき初回の挑戦は「野生の熊で熊手を作る男」で、田中は悪戦苦闘の末達成。「K-1をナメる男」として田中がマイク・ベルナルドの頭を舐めることに成功するも、ベルナルドの逆襲に遇う結末は田中が苦悶すればするほど盛り上がった。こんな様々な“ムチャぶり”に挑戦するスタイルが番組の基本形。

そのうち「○○だけで1週間過ごす男」シリーズが人気となり、『A級伝説』の「卵だけで1週間過ごす男」では、田中は卵を産むニワトリと1週間同居してその卵を食べ続けた。『いきなり!黄金伝説。』になってからはココリコ以外の芸人も“伝説”に挑戦。「○○だけで1週間過ごす男」は分量のノルマを加えてさらに苛酷になる。

のちに「無人島で0円生活」企画の常連となり「獲ったど~!」が子どもたちに大流行したよゐこ・濱口優の伝説初挑戦となったのは、「1週間でせんべい1000枚を食べきる男」。口の中を切って出血しながら頑張った濱口だが制限時間内に食べきることはできず、無念の不達成。そのリベンジとなったのが、ここに掲示している『テレパル』番組表に「干物1000枚完食」とある「1週間で干物1000枚を食べきる男」への挑戦だった。「せんべい」から2か月後、濱口はこの伝説を達成し、リベンジを果たして番組の顔の1人となる。

番組のテーマが苛酷なチャレンジである以上、その“ムチャぶり度”と挑戦する芸人の“絵の面白さ”と達成したときの“感動”が肝。マンネリを防ぐためにそのハードルは回を重ねるごとにひたすら上がっていくしかない。それが18年も続いたのは、ただただチャレンジしてきた芸人たちの芸人魂に尽きるし、18年も続いたこと自体が“伝説”といっていい。

昨夜、『黄金伝説』を2年上回る20年続いた『SMAP×SMAP』が5時間超の長尺で番組の歴史に幕を閉じた。長寿バラエティーの終了は寂しい思いもあるが、その後の企画への期待もある。テレビはいつだってそうやって文化を築いてきたのだし、新しいスターもそこから生まれる。まもなく2017年、テレビはどんな新しいものを僕らに見せてくれるのだろうか。

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ISプレス

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1982年、『テレパル』創刊準備のために編成された、テレビ局専門取材チーム。各テレビ局ごとに担当がいて、毎日テレビ局の広報や宣伝部を拠点に局内を徘徊、情報収集。その情報を元にテレパルの特集や番組表や番組紹介記事を制作していた。「その日に仕入れた情報はその日のうちに処理する」ことが宿命だったため事務所は“不夜城”となっていた。名刺に使われている「IS」の緑のロゴは、メタリックでキラキラしていて、テレビ局員の印象に残っている。

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