コラム

ラリー遠田の"テレビのひとコマ"

はに丸「そもそも伝える意義って何?」/『週刊文春』編集部に突撃取材したNHK『あさイチ』より

『あさイチ』/2016年12月21日放送・NHK

2016年を振り返ると、多くの人の頭に浮かんでくるのは、色とりどりで大小さまざまなスキャンダラスな事件の数々だろう。人それぞれ好みはあるけれど、どれもみんな衝撃的だったね、と言いたくなるくらい“世界に一つだけ”のスキャンダルが目白押しの1年だった。熊本地震もリオ五輪もアメリカ大統領選挙も、間違いなく世界レベルの大きな出来事だったはずなのに、私たちの脳裏に浮かんでくるのは「加藤紗里って意外としぶとく生き残ってるよなあ」というようなゴシップ絡みのどうでもいいことばかりだ。どこへ出しても恥ずかしくない一級品のスクープの合間に、加藤紗里やショーンKの箸休め的な事件が並び、『週刊文春』(文藝春秋社刊)の誌面そのものが世の中全体を覆い尽くしてしまったような感がある。

この怒濤のセンテンススプリング攻勢にテレビも完全に呑み込まれていた。バラエティ番組や情報番組では、週刊誌記者が集められて、取材に関する疑問に答えたり、スクープの裏側を話したりするような企画が頻繁に見受けられるようになっていた。

ただ、そんな中でも一線を画す企画があった。12月21日放送の『あさイチ』(NHK)である。自らを「スゴ腕ジャーナリスト」と名乗るNHKを代表するゆるキャラである「はに丸」が、視聴者の要望に応えて話題の場所に突撃取材を敢行するというもの。今回、彼が訪れたのは文藝春秋社の『週刊文春』編集部。編集部でナンバーツーの地位にあるという渡邉庸三に話を聞いていた。開口一番、はに丸が「儲かった?」と尋ねると、渡邉は「儲かりましたね」とニヤリ。はに丸vs渡邉、2人のジャーナリストの戦いのゴングが鳴った。

まずは渡邉が『週刊文春』の編集方針を説明する。それは「ズバッて書く」ということ。編集部内では「親しき仲にもスキャンダル」という言葉があり、仲がいい人や付き合いがある人でも書くときには遠慮をしないというルールがあるのだという。そこで気を使って優しい書き方をしてしまったら、雑誌が売れなくなってしまうからだ。

さらに、ネタを選ぶ基準としては「売れて伝える意義がある記事が一番いい」と図示しながら話をする。政治家やNHKに関する記事は、売れるし伝える意義があるから良い記事だということになる。ここではに丸が斬り込んだ。

「そもそも伝える意義って何?」

はに丸のストレートが渡邉の急所をとらえた。渡邉は意表を突かれて動揺し、口ごもってしまう。

「まあ、何だろうな、これは公共性とかいうことになると思うんだけど、伝える意義のあるっていうのは……まあ、何だろうな、何だろうね、難しいね、結構。難しい、ちょっと待ってね……」

ここでいったん中断が入るが、渡邉は明確な答えを出せない。はに丸は攻撃を続ける。

「不倫とか熱愛とかさ、難しいならなんでそんなに斬り込んで書いちゃうの?」「売れるから?」「売れればいいの?」

渡邉は、決して人のプライバシーを暴きたくてやっているわけではない、と必死で抗弁する。

「やっぱりそういう話ってみんな知りたいんですよ。知りたいっていう人たちの期待に応えるのが僕らの仕事でもある」

VTRが終わり、スタジオにいた有働由美子アナは今ひとつ納得できなかった様子。みんなが知りたいことだったら勝手にレッテル貼りをして何でも書いていいのか、ということをもっとはに丸に突っ込んでほしかった、と語っていた。

はに丸の攻勢になぜ渡邉はあんなに口ごもっていたのか? それは恐らく、はに丸の質問があまりにも核心を突いていたからだ。「伝える意義」とは何か、というのは、あらゆるジャーナリストや編集者やマスコミ関係者が一生かけて答えを探すような種類の問いである。でも、面と向かってはに丸にこれを問われたら答えないわけにはいかない。ほかのバラエティ番組であれば、MCをやっている芸人やタレントは気を利かせて、本当の意味で核心を突くような質問はしてこないし、それをされたからといってきっちり答える義務もない。バラエティではいくらでもごまかしがきく。しかし、今回の相手ははに丸だ。子供たちのヒーローである。子供の質問からは逃げることができない。きちんと答えなければいけない。逆説的だが「子供だまし」で子供だけはだませないのだ。

有働アナははに丸にもっと突っ込んでほしかったと不満を述べていたが、NHKだって他人事ではない。そもそもはに丸がこの番組で『週刊文春』の編集部に出向いたのも、それがみんなの興味の対象であり、「伝える意義」があると思ったからだろう。

マスコミの人間は誰だってみんな、求められるがままに、みんなが好きだと思うものを提供しているだけだ。人々がゲスだからゲス雑誌があるのか? ゲス雑誌があるから人々がゲスを求めてしまうのか? この「ゲスのマッチポンプ」はもはや誰にも止められない。週刊誌が徹底的に取材して、その素材をテレビとネットが一気に拡散させていく、というメディア相互間の壮大なマッチポンプの仕組みがすっかり確立してしまったからだ。人々はゲスを楽しんでいるうちに、ゲスなしではいられなくなってしまった。

ゲスがゲスを求め、さらにゲスになっていく。ゲスな不倫を週刊誌が暴き、その編集部をテレビ局が取材して、その番組を視聴者が楽しみ、その一連の流れを1人の書き手がこうやって記事にまとめて公開する。登場人物の中にゲスではない人が1人もいない。「ゲスの極み」とはきっと、この状態のことを指す言葉なのだろう。

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コラムニスト

ラリー遠田

ラリー遠田

1979年生まれ。東京大学文学部卒業。作家・ライター、お笑い評論家として執筆、講演、イベントプロデュースなど多方面で活動。主な著書に『逆襲する山里亮太』(双葉社)、『なぜ、とんねるずとダウンタウンは仲が悪いと言われるのか?』(コア新書)がある。『ヤングアニマル』(白泉社)に連載中の漫画『イロモンガール』の原作を手がける。

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