コラム
2002年12月31日のテレビ欄(出典:『テレパル』第1号・東版)

15年前“SMAPがいない紅白”は、ドリフが占拠~2001年『第52回NHK紅白歌合戦』より/懐かし番組表

懐かし
2002年12月31日のテレビ欄(出典:『テレパル』第1号・東版)

地上デジタル放送化に伴い、テレビ番組表というものから遠ざかってしまった人もきっと数多いだろう。WEBメディア『テレビPABLO』では、そんな大人のためにかつての番組表を紐解きながらタイムトリップをお届けしたい。ウン年前の今日、夢中になって観ていたテレビは何だったのか? テレビ情報誌『テレパル』(小学館刊)の番組表と共に、当時の世相を振り返ってみよう――今日は2001年12月31日にタイムスリップ。

とうとう大晦日。ところで「SMAPロス」の影響はどれくらいだろう…。SMAPが出ない“紅白”は、どんな気分だろう……。実は今週振り返っている15年前、21世紀に入って最初の“紅白”にも、SMAPは出場していない。2001年12月31日の『テレパル』番組表からはNHK総合19時30分、“SMAPが出ていなかった”『第52回NHK紅白歌合戦』クローズアップする。

番組表を見て、ここだけ文字の大きさが違うのにお気づきだろう。『テレパル』では、“紅白”の出場者全員、正しいアーティティスト名で表記するために、通常の番組表制作システムにひと手間加え、“紅白”部分だけを出場者発表と同時に制作したものを貼り込んでいたのだ。これは『テレパル』だけのこだわりだ。

15年前の“紅白”は、前回まで10年連続出場していたSMAPの名がないだけでなく、司会陣(紅組・白組・総合司会)も45年ぶりにNHKのアナウンサーだけで担当したという、当時としては異例の“紅白”だった。

2001年12月31日『第52回NHK紅白歌合戦』(NHK総合)/あややとえなりかずきから始まり、和田アキ子と北島三郎で締めた15年前、司会はオール局アナ

  • 『テレパル』2002年第1号・東版の表紙
  • 『第52回NHK紅白歌合戦』(NHK総合)/2002年12月31日のテレビ欄(出典:『テレパル』第1号・東版)

初出場同士のトップバッターは紅組が松浦亜弥『LOVE涙色』、白組は、えなりかずき『おいらに惚れちゃ怪我するぜ!』。続くZONEとDA PUMPも初出場対決。SMAPの不出場によりジャニーズ勢で唯一の出場となったTOKIOはEvery Little Thingと対戦。この頃激化していた小林幸子と美川憲一は直接対決ではなく、小林幸子には初出場のGackt、美川憲一は16年ぶりの出場となる森昌子との組み合わせに。

ハイライトは初出場のザ・ドリフターズで『ドリフのほんとにほんとにご苦労さんスペシャル』。1970年代の黄金期『8時だョ!全員集合』のムードがNHKホールをジャックする。あの番組のハッピ姿で「エンヤー、コーラヤ」のおなじみのオープニングソングから始まり、いかりや“長さん”がダミ声で「次いってみよーー!」と曲をつないで、『ドリフのズンドコ節』や『東村山音頭』『ドリフのほんとにほんとにご苦労さん』からラストの『ドリフのビバノン音頭』。加トちゃんの「宿題やったかー」「歯みがけよ」、そして「また来週~!」の代わりの「よいお年を~!」。この時間帯だけは、1970年代のTBSの空気になっていた。

この年のトリは紅組が和田アキ子、白組が北島三郎。結果は白組が勝利、初めて紅組司会を務めた有働由美子アナが悔しそうだったのが印象的だ。

あれから15年、『第67会NHK紅白歌合戦』は、総合司会が武田真一アナウンサー、紅組司会が有村架純、白組司会が嵐の相場雅紀。初出場は15年ぶりに再結成したTHE YELLOW MONKEY、デビュー20周年を迎えるKinKi Kids、朝ドラ『とと姉ちゃん』主題歌を担当した宇多田ヒカル、デビュー20周年のPUFFYなど10組。昨年に続き2度目の出場となる星野源は『逃げるは恥だが役に立つ』(TBS)の主題歌『恋』を引っ提げて登場、会場は「恋ダンス」一色になるだろう。

テレビ離れ、紅白離れ、と言われて久しいが、それでも日本の年越しの定番だ。年に1回の国民的音楽の祭り。実は副音声の『紅白裏トークチャンネル』が、“紅白”の新しい楽しみ方として話題になっている。紅白を見ながらトークするのは3年連続でバナナマン。放送中ずっとしゃべりっぱなしなので一緒に観ているような気分にもなれるし、芸人ならではの視点で思わぬ発見があることも。

定番らしいお約束と、長時間生放送ならではのサプライズ、そして新陳代謝と、技術の進化。僕らが生まれたころからずっと大晦日にある国民的番組は、スルーするにはもったいなさすぎる。

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ISプレス

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1982年、『テレパル』創刊準備のために編成された、テレビ局専門取材チーム。各テレビ局ごとに担当がいて、毎日テレビ局の広報や宣伝部を拠点に局内を徘徊、情報収集。その情報を元にテレパルの特集や番組表や番組紹介記事を制作していた。「その日に仕入れた情報はその日のうちに処理する」ことが宿命だったため事務所は“不夜城”となっていた。名刺に使われている「IS」の緑のロゴは、メタリックでキラキラしていて、テレビ局員の印象に残っている。

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