コラム
1992年1月10日のテレビ欄(出典:『テレパル』第1号・東版)

松田聖子の“現役感”はどこから? キスシーン満載の25年前連ドラ主演作から探る~1992年『おとなの選択』より/懐かし番組表

懐かし
1992年1月10日のテレビ欄(出典:『テレパル』第1号・東版)

地上デジタル放送化に伴い、テレビ番組表というものから遠ざかってしまった人もきっと数多いだろう。WEBメディア『テレビPABLO』では、そんな大人のためにかつての番組表を紐解きながらタイムトリップをお届けしたい。ウン年前の今日、夢中になって観ていたテレビは何だったのか? テレビ情報誌『テレパル』(小学館刊)の番組表と共に、当時の世相を振り返ってみよう――今日は1992年1月10日にタイムスリップ。

今夜は草なぎ剛主演『嘘の戦争』(フジテレビ火曜21時)がスタート。今週は続々と1月クールの新ドラマがはじまる週だ。ちょうど25年前の今日、1992年1月10日金曜の『テレパル』番組表ではTBS22時『おとなの選択』に新番組マークがついている。1980年に歌手デビューして以来国民的アイドルとしてトップを駆け抜け、1985年に結婚、1986年に出産、“ママドル”となった松田聖子。1990年には念願の全米デビューも果たし、新たなステージへ向かう30歳目前の松田聖子の、連続ドラマ初主演作である。

『おとなの選択』という意味シンなタイトルが指したもの、演じた松田聖子が選択したものとは何だったのだろうか。

1992年1月10日『おとなの選択』(TBS)/他の80年代アイドルとは一線を画す「歌手・松田聖子」の現役感、それは30歳前後の“おとなの選択”にあった?

  • 『テレパル』1992年第1号・東版の表紙
  • 『おとなの選択』(TBS)/1992年1月10日のテレビ欄(出典:『テレパル』第1号・東版)

かつて不倫ドラマとして話題になった“金妻”シリーズを担当した木下プロダクション制作で、放送枠も同じ金曜22時。共演は湿り気のある大人の色気を放つ宅麻伸。脚本は1991年1月クールに『ママってきれい!?』(TBS)、7月クールに『デパート!夏物語』(TBS)、7月クールに『ヴァンサンカン・結婚』(フジテレビ)と立て続けに連ドラを手がけていた売れっ子の大石静。

6年前のフェリーの転覆事故で両親を亡くした谷口未希(松田聖子)は、妹の彩(大寶智子)とともに叔母に引き取られて大学を卒業し、銀行に勤めていた。学生時代からの恋人・笠井光児(別所哲也)とも結婚を意識する時期。しかし、光児は漫画家への夢を棄てきれず、細々と漫画を描く日々だった。

ある日、事故犠牲者の七回忌法要に出席した未希は、自分と同じ事故で両親を失った伊原遙一郎(宅麻伸)と再開する。テレビ局の報道マンで“3高=高収入・高学歴・高身長)”の条件を完璧に備えた遙一郎に、未希はときめく。そして遙一郎からプロポーズされると、光児を棄てて結婚する。

事故で両親が亡くなり、姉のかおる(高橋ひとみ)が結婚してひとり住む遙一郎の家が新婚生活の舞台。妹の彩の同居も快く承諾した遙一郎との3人暮らしが始まる。自分の幸せを追求し、“3高”の夫と暮らす夢の新婚生活が待っている……はずだったが。遙一郎の姉・かおるが夫の浮気から実家に出戻ってきた!

かおるは何かにつけて未希たちに口出しをし、夜の生活にまで口を出してくる。遙一郎はそんな姉をどうすることもできない。それどころか、遙一郎は同じテレビ局のアナウンサー・小坂江梨子(床嶋佳子)とただららぬ関係に。

1990年代のドラマらしく、濡れ場は今よりも豊富。松田聖子も濃厚なキスシーンが何度かあった。1883年10代アイドル時代の映画『プルメリアの伝説 天国のキッス』では中井貴一と妙に生々しい濃厚キスが話題になったが、10年を経て“ママドル”になってからも聖子のキスシーンは艶かしく、他のセリフの部分はたどだどしい部分があるのを帳消しにする演技。こういう場面においては、役者の宅麻伸や別所哲也を相手にリードしているようにさえ見えた。

松田聖子の連続ドラマ主演作は、この『おとなの選択』と翌年同枠で放送の『私ってブスだったの?』2作のみ。以降、ドラマの出演はあるものの華を添える特別出演枠にとどまる。優れた歌手がその表現力を生かして役者として成功する例もたくさんあるが、稀代のスーパーアイドル・松田聖子に関しては女優業との兼業は難しかったようだ。

しかし、その分、歌手としての松田聖子は同じ1980年代アイドルとは遥かに異質な光を放ち続けている。昨年の“紅白”でのパフォーマンスも記憶に新しいが、“往年の”“懐かしの”という冠無用の現役感。それは30歳前後に2作品の連続ドラマ主演を経験し、その中で得たものを“歌手”という本業の肥やしとして、それ以降歌手に専念してきたからだ。それが松田聖子にとっての“おとなの選択”だった。

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ISプレス

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1982年、『テレパル』創刊準備のために編成された、テレビ局専門取材チーム。各テレビ局ごとに担当がいて、毎日テレビ局の広報や宣伝部を拠点に局内を徘徊、情報収集。その情報を元にテレパルの特集や番組表や番組紹介記事を制作していた。「その日に仕入れた情報はその日のうちに処理する」ことが宿命だったため事務所は“不夜城”となっていた。名刺に使われている「IS」の緑のロゴは、メタリックでキラキラしていて、テレビ局員の印象に残っている。

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