コラム

ラリー遠田の"テレビのひとコマ"

出川哲朗「理屈じゃないのよ、パッションよ」/「カッコ良すぎて笑っちゃう」アメリカパワー…『アメトーーク!』

『アメトーーク!』/2017年5月11日放送・テレビ朝日系

少し前に、脳科学者の茂木健一郎が「日本のお笑い芸人はオワコン」という趣旨の内容をツイッターに書き込んだことが話題になったことがあった。正確を期すために長めに引用すると以下の通りである。

「トランプやバノンは無茶苦茶だが、SNLを始めとするレイトショーでコメディアンたちが徹底抗戦し、視聴者数もうなぎのぼりの様子に胸が熱くなる。一方、日本のお笑い芸人たちは、上下関係や空気を読んだ笑いに終止し、権力者に批評の目を向けた笑いは皆無。後者が支配する地上波テレビはオワコン。」(茂木健一郎の2017年2月25日のツイート)

このツイートがきっかけとなって起こった一連の騒動について、個人的にはどうしようもないもどかしさを感じていた。彼の言葉の挑発的な部分ばかりが注目され、本質的なところになかなか議論が深まっていかない、と思ったからだ。松本人志(ダウンタウン)、太田光(爆笑問題)、有吉弘行など、そうそうたる顔ぶれの芸人たちがテレビやラジオでこのツイートに対する違和感を表明。大きな反響を巻き起こし、プロの芸人たちからも集中砲火を浴びた茂木は、軽率な発言をしてしまったことをひたすら反省するばかりだった。

頭ごなしに日本の芸人や地上波テレビを否定する茂木に対して、芸人たちは徹底抗戦の構え。まともに反論するというよりも、門前払いのような扱いをしている芸人もいた。茂木はなぜ第一線で活躍する芸人たちによってこれほど徹底的に叩かれてしまったのだろうか? その理由が私には何となく想像がつく。

芸人の立場から見ると、「芸人はもっと政治批判をするべきだ」「政治風刺をする芸人こそが偉い」という茂木の主張は、耳にタコができるほど何万回も聞かされている「典型的なド素人の居酒屋談義」に過ぎないからだ。芸人でも何でもない、お笑い愛好家である私から見ても、その種の主張というのはある年齢以上の一般男性の口からたびたび語られる「”最近の芸人”批判あるある」である。恐らく、プロの芸人たちは、何十年もキャリアを重ねる中で、その類の浅い浅いお笑い批判は何億回も耳にしている。いくら著名な脳科学者の先生の口から発せられた意見であっても、「ああ、またこれか」という感じで門前払いに近い対応をされてしまうのは無理もない。両者の主張は「アンジャッシュ」のコントのように最初からすれ違っていた。

ただ、茂木が提示した「日本のお笑いには独特の『イヤな部分』がある」「日本とアメリカのお笑いには明確な違いがある」というテーマ自体は、十分に議論する価値のあるものだったと思う。しかし、茂木のツイートがあまりにも断定的で「オワコン」的だったために、それが建設的な議論に結びつかなかったのは残念だった。

そんな茂木先生にぜひとも見てほしかったのが、5月11日放送の『アメトーーク!』。この日のテーマは「アメリカにかぶれてます芸人」。ブルゾンちえみのプレゼンがきっかけで実現したこの企画は、アメリカの文化に憧れている芸人たちが集まり、その魅力を語り合うというもの。

プレゼンターのブルゾンは、アメリカ文化の本質を「カッコ良すぎて笑っちゃう」と一言で射抜いてみせた。ドラマや映画などで彼らが見せるセリフ回し、ジェスチャー、ポージング。すべてがカッコ良すぎて面白くなってしまっている。感情の動きを表に出さず、相手に察してもらうことを美徳とする日本文化とは様式が根本的に異なっている。これは比較文化論としては紛れもなく正論中の正論である。そして、アメリカ文化の大げさなところを笑いながら面白がるブルゾンのスタンスは、「今どきのアメリカかぶれの若者」の感覚としては一般的なものだと思う。

この回で印象的なことがあった。司会の宮迫博之(雨上がり決死隊)は、いつもの手並みで、出川哲朗をはじめとするアメリカかぶれ芸人の言動にいちいち食ってかかる。イジりどころをいち早く見つけて、揚げ足を取る。それは普段の彼のスタイルだが、この日だけはそれがどこか空回りしているようにも見えた。

それが明白になったのは、ブルゾンがドラマ『ゴシップガール』に出てくる好きなセリフとして「キャビアを一度味わった男がナマズで妥協するなんて」というのを紹介した場面。宮迫が「キャビアはチョウザメの卵だから、卵と本体である魚を比較するのはおかしい」ともっともな指摘をすると、アメリカかぶれ芸人全員がその指摘があまりにも「日本的」だとあきれるようなそぶりを見せた。そして、出川が一言。

「理屈じゃないのよ、パッションよ」

そんな出川は『グリース』という映画のジョン・トラボルタに憧れて、アメリカを好きになった。ニューヨークのタイムズスクエアでカウントダウンの瞬間に立ち会って感動した経験を熱く語り、華麗にツイストまで披露してみせた。普段ならどんなささいなミスも見逃さない宮迫ですら、出川の本気を前にして言葉を失っていた。

茂木が本当に言いたかったのはこういうことだったのではないかな、と思うことがある。日本のテレビにおける「上下関係や空気を読んだ笑い」というのは、例えば宮迫が出川に対して揚げ足取りのツッコミをいれて笑いを取るようなことを指しているのではないか。MCという絶対的な権力者が、ひな壇タレントという下層階級の人間の細かいミスをあげつらうような、権威に頼った笑いの様式というものが日本のバラエティ番組でしばしば見受けられる、というのは事実である。この点に限って言えば、茂木の主張には一理も二理もある。

近年、ブルゾンや渡辺直美が若い層を中心に爆発的な支持を得ているのは、彼女たちがそういった日本的なお笑いの価値観に縛られず、アメリカ的なパフォーマンスを得意とする者だからだ。強者が揚げ足を取り、弱者が卑屈になる笑いではなく、誰もが力強く自分を押し出して肯定する笑い。それは、日本のお笑いがガラパゴス的に進化していく中で、いつのまにか置き忘れられていたものだ。

そもそも「空気の読み合い」というものが日本文化の伝統として根付いているのだから、日本のお笑いもそういう方向にばかり発達してしまうのは当然のことだ。そのことで生まれる笑いもあれば、失われる笑いもある。権威主義に縛られないブルゾンや直美が華々しく活躍している日本のお笑いの現状は、そんなに悪くはないし、終わってもいないのではないかな、と思う。

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ラリー遠田

ラリー遠田

1979年生まれ。東京大学文学部卒業。作家・ライター、お笑い評論家として執筆、講演、イベントプロデュースなど多方面で活動。主な著書に『逆襲する山里亮太』(双葉社)、『なぜ、とんねるずとダウンタウンは仲が悪いと言われるのか?』(コア新書)がある。『ヤングアニマル』(白泉社)に連載中の漫画『イロモンガール』の原作を手がける。

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