コラム

ラリー遠田の"テレビのひとコマ"

ノンスタ石田明「ウソの塊なんですよ、彼は」/“逃げ恥”芸人・井上裕介の「無自覚な悟り」…『ナカイの窓』より

『ナカイの窓』/2017年5月31日放送・日本テレビ系

何らかの事件を起こしたりスキャンダルに巻き込まれたりしたタレントが、しばらくの謹慎期間を経て、何事もなかったかのように戻ってくる。よくあることだ。しかし、通常、すべてが元通りになることはない。ひび割れたグラスを接着剤で補強しても、ひびの跡を完全に消すことはできない。ビフォーとアフターがぴたりと一致することはなく、復活後はマイナーチェンジを施したキャラクターを新たに身にまとうことがほとんどだ。

ところが、ここにひとつの例外がある。「NON STYLE」の井上裕介である。言わずと知れた、“あて逃げ事件”で恥をかいた「逃げ恥」芸人。彼は、数カ月の謹慎期間と涙の謝罪会見を経て、しれっと、本当にしれっと芸能活動を再開した。そして、実に奇妙なことに、彼はそのキャラクターの軸を一切ぶれさせずに、今まで通りの活動を続けている。

5月31日(水)放送の『ナカイの窓』(日本テレビ系)では、そんな井上にスポットを当てた「NON STYLE井上好き嫌い芸能人」という企画が行われた。事故前に収録されて、お蔵入りになっていたいわくつきの映像がようやく公開されることになったのだ。ゲスト陣が井上を好きな芸能人と嫌いな芸能人に分かれて、それぞれの主張を述べていく。

井上を好きな西川史子は、その優しさを賞賛する。彼女が離婚協議中で落ち込んでいるときに、気遣って優しく接してくれたという。また、「次長課長」の河本準一も、井上の芸人としての能力の高さを評価した上で、井上が陰で石田に感謝しているということも語った。

しかし、井上を嫌いな芸能人として出ている相方の石田明は、これに真っ向から反対した。井上が河本の前で石田のことを褒めるのは、河本にいい顔をしたいからにすぎないというのだ。

「ウソの塊なんですよ、彼は。ポジティブなんて1ミリもない」

常にポジティブ思考でいることを公言している井上だが、石田の見る限りそれは間違いだという。楽屋で一緒にテレビを見ているときにも、井上はテレビに映るタレントの悪口ばかり言っている。こんなやつのどこがポジティブなのか。

さらに、石田はコンビとしての核心部分にも触れる。井上は最近、漫才をサボっている。大宮や沖縄など、都心から離れた劇場で漫才の出番があると、井上はそれを平気で断る。そのため、石田は1人で舞台に上がらなくてはいけない。石田は井上の抜けた穴を埋めるべく、必死でピンのネタを作り、『R-1ぐらんぷり』(カンテレ・フジテレビ系)まで挑んでいた。

また、東京のテレビの仕事は真剣に取り組むのに、地方のテレビでは手を抜く傾向がある、ということも告発されていた。さらに、「井上嫌い芸能人」の急先鋒として参戦した山里亮太(南海キャンディーズ)は、井上がMCでもないのに番組の途中でしゃしゃり出て場を仕切り始める場面がたびたびあり、憤っていることを明かした。

番組内のVTRでは、井上を好きな一般人と嫌いな一般人をそれぞれ集めて、いきなり本人に対面させたらどういう反応を示すのか、という検証が行われた。井上ファンの女性たちは、目の前に井上が現れるとあからさまにテンションが上がり、歓喜の声を漏らした。一方、井上嫌いな女性たちは、本人を前にしても全くの無反応。「芸能人を生で見ている」という最低限の驚きすら感じていないように見えた。

一般人の間でも、タレントの間でも、井上に対する評価は真っ二つに分かれる。両者の溝がここまで深くなっている理由は、井上が「無自覚な悟り」という独自の境地に至っているからだ。

井上には、普通の人間が大なり小なり持ちあわせている「自意識」というものがない。だから、卑屈になることがない一方、過剰に調子に乗ることもない。一見すると調子に乗っているように見えることがあるかもしれないが、内面にはどこか覚めたところがある。自分が格好つけたがりでナルシストであるということすら、どこか客観的に見てそれに合わせているような節もある。

はっきりした自分というものがなく、目先の欲望に従ってふらふらと合理的に動いている姿が、好きな人にとっては「セコセコしたところがなくて格好いい」と思われ、嫌いな人にとっては「調子に乗っている上に反省もない」と思われるのだろう。

石田は、井上が先輩の前で自分を良く見せようとすることを非難する。しかし、自分を良く見せようとすること自体は、本来なら悪いことではないはずだ。他人の目に映る自分を良く見せようとするのは、誰もがやっていることだし、やるべきことでもある。

また、劇場出番で手を抜き、テレビの仕事では手を抜かないというのも、仕事の影響力やギャラ単価を考えれば、合理的な判断だと言えなくもない。MCでもないのにグイグイ前に出て場を回し始めるのも、自分を売り込むための必死の営業活動だと考えると、それが完全な間違いであるとも断言できない。実際、このやり方で井上はこれまで安定的にテレビの仕事を得てきた。

事故の一件は、井上の人生で初めて訪れた「自分を見つめ直すチャンス」だったのだと思う。自意識の欠けた男が、自意識を取り戻すための千載一遇の機会だった。しかし、井上は結局、何も変わらなかった。変える必要がないということを分かっているからだ。

彼は自分のタレントとしての立ち位置を冷静に把握している。好きだ、嫌いだと言うけれど、実際のところ、ほとんどの人は井上のことを何とも思ってはいない。ごく一部のファンとごく一部のアンチを除くと、何とも思っていない大多数が残る。テレビの仕事はそこを相手にしている。だから、井上がどんな不祥事を起こそうが、本当はどうでもいいのだ。その「本当」を確信しているからこそ、井上は変わらなかった。井上はありのままの現実だけを見つめるクールなリアリスト。「笑い」という崇高な理想を目指す石田や山里とそりが合わないのは無理もない。

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コラムニスト

ラリー遠田

ラリー遠田

1979年生まれ。東京大学文学部卒業。作家・ライター、お笑い評論家として執筆、講演、イベントプロデュースなど多方面で活動。主な著書に『逆襲する山里亮太』(双葉社)、『なぜ、とんねるずとダウンタウンは仲が悪いと言われるのか?』(コア新書)がある。『ヤングアニマル』(白泉社)に連載中の漫画『イロモンガール』の原作を手がける。

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