コラム

ラリー遠田の"テレビのひとコマ"

藤井聡太四段「具体的に憧れの先生がいるというわけではないです」/将棋界を救う「神の一手」としての存在…『クローズアップ現代+』

『クローズアップ現代+』/2017年6月21日放送・NHK

将棋に詳しくない人にはあまりピンとこない話かもしれないが、将棋界は独特の秩序で成り立っている。将棋にかかわるすべてを取り仕切っているのは、公益社団法人である「日本将棋連盟」。その役員の大半は原則としてプロ棋士である。普段は将棋を指している棋士自身が、政策の立案や決定、棋戦や各種イベントの運営を行っているのだ。

いわば、スポーツ選手自身がプロスポーツ団体の経営や事務を務めているようなものだ。普通ならば、そんなことが成り立たないのは容易に想像がつくだろう。将棋界がこれまでその仕組みで回ってきたのは、それでもやっていけるくらい牧歌的で平和な世界だったからだ。

ところが、そんな将棋界に激震が走ったのが、昨年起こったプロ棋士による将棋ソフト不正使用疑惑だった。このトラブルへの対応が後手に回り、事態の収拾に時間がかかったことなどから、将棋界が潜在的に抱えていた欠陥が明るみに出てしまった。

さらに、昨今の将棋界では、棋士たちは「コンピュータ将棋とどう向き合うか」という未曾有の難題を突きつけられている。今年行われたプロ棋士と人工知能が戦うイベント「電王戦」ではついに、棋士の最高峰である佐藤天彦名人がコンピュータソフト「PONANZA」に敗れてしまった。いまや将棋において人工知能は人間を上回る実力を備えている。そんな時代において「プロ棋士」とはいったい何なのか。その存在意義が改めて問われている。

前置きが長くなってしまったが、ここまでのことを踏まえた上で、藤井聡太四段のことを考えてみてもらいたい。混迷の将棋界に颯爽と現れた藤井四段が、どれほどかけがえのない存在であるか、ご理解いただけるのではないだろうか。史上5人目の中学生プロ棋士。デビューから無傷の28連勝で歴代タイ記録を樹立。将棋を知らない人にも分かるほどの圧倒的な強さ。藤井四段はまばゆいばかりの才能のきらめきで将棋界に光を灯そうとしている。

確かに、最近の将棋界はじわじわと盛り上がる兆しを見せていた。笑顔が素敵なみんなのアイドル“ひふみん”こと加藤一二三九段、“かわいすぎる女流棋士”の竹俣紅女流初段、前代未聞の“カツラ芸”で話題の佐藤紳哉七段など、徐々にバラエティ対応のできる役者が揃ってきている感はある。ただ、彼らが最近注目されているのも、藤井四段が活躍している影響が強いというのは否めない。それほど将棋界にとって藤井四段の登場は大きかったのだ。

将棋を知らない一般人にとっても、彼の注目度は信じられないほど高い。いまや藤井四段は「神聖にして侵すべからず」という存在にすらなりつつある。松本人志(ダウンタウン)が『ワイドナショー』(フジテレビ)で藤井四段を「童貞」とイジったところ、妙な空気が流れてしまったことがあった。また、ものまね芸人のホリが、彼の顔マネ写真をツイッターでアップしたところ、批判の声が殺到して炎上してしまった。藤井四段はもはや、イチローや浅田真央と同レベルの「国民的」という修飾語付きで語られるべき存在になっている。

ただ、そんな空前の熱狂の渦の中にあっても、当人はいたって冷静だ。6月21日(水)放送の『クローズアップ現代+』(NHK総合)では、「目指している棋士は?」という取材スタッフからの質問にこう答えていた。

「少しでも最善に近づくことを目標にしているので、具体的に憧れの先生がいるというわけではないです」

誰かに憧れているわけではない。最善の一手を打ち続けたいだけ。そう、藤井四段には私たちが期待するような人間臭い物語は何もない。天才が生まれた理由は、そんな情緒的な部分には存在しない。そして、だからこそ、彼は掛け値なしに魅力的なのであり、その純粋無垢な才能のきらめきに将棋を知らない人ですら魅了されるのだろう。

この日の同番組は「藤井四段の強さの秘密に迫る」という趣旨だった。しかし、結局のところ、いろいろな説明を試みようとしても、彼がなぜそこまで強くなったのか、という肝心の理由はよく分からない。

最近、一世一代の大舞台で堂々の結婚宣言をして、のちに「恋愛禁止というルールで我慢できる恋愛は恋愛じゃないのではないか」という名言を残した少女が話題になっていたが、それになぞらえて言うなら「強さの秘密に迫ろうとして迫れるような強さは、本当の強さではない」ということなのだと思う。

現在、あらゆるマスコミが藤井四段を取り上げ、その私生活から将棋への取り組みに至るまで、いろいろな角度から掘り下げて分析を加えているが、それでも強さの本質に迫ることはできていない。

あどけないニキビ面で、大人しそうで、どこにでもいそうな普通の中学生。でも、将棋だけはとんでもなく強い。藤井四段に将棋ファンは「将棋の未来」を託し、それ以外の一般の人も「天才の未知なる可能性」に期待をかけている。純粋な頭脳ゲームである将棋においては、天才が天才であることは誰の目にも明らかになる。この世界に神はいる。藤井四段は、踏んだり蹴ったりの将棋界を救うために天から授けられた「神の一手」なのかもしれない。

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コメント
  • 羽衣 @moonist1

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  • ラリー遠田 @owawriter

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ラリー遠田

ラリー遠田

1979年生まれ。東京大学文学部卒業。作家・ライター、お笑い評論家として執筆、講演、イベントプロデュースなど多方面で活動。主な著書に『逆襲する山里亮太』(双葉社)、『なぜ、とんねるずとダウンタウンは仲が悪いと言われるのか?』(コア新書)がある。『ヤングアニマル』(白泉社)に連載中の漫画『イロモンガール』の原作を手がける。

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